大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1764号 判決

事実

原告浜野金太郎は請求の原因として、原告所有の本件不動産に対し、昭和三十一年七月七日附をもつて、被告日亜交易株式会社のため、債権極度額金百七十万円の根抵当権が設定された旨の登記が存在するが、原告は被告との間において、未だかつて右のような根抵当権設定契約並びに登記をしたことはなく、右登記は何人かが原告名義の契約証書並びに登記申請書類等を偽造してなしたものであつて、原告は全く関知しないものであるから、被告に対し、所有権に基いて右不法登記の抹消を求めると主張した。

被告日亜交易株式会社は答弁として、原告及び被告会社間の本件根抵当権設定契約の締結並びにこれに基く各登記手続は、原告の代理人たる訴外加藤三郎と被告会社間において適法に行われたものである。仮りに本件根抵当権設定契約の締結並びにその各登記手続に関し、訴外加藤三郎において原告を代理すべき適法な権限を有しなかつたとしても、右根抵当権設定契約の締結並びにその各登記手続は表見代理の法理により原被告間に有効なものであるから、原告は被告に対し、本件根抵当権設定契約につきその責に任じなければならないと主張した。

理由

証拠を綜合すると次のような事実が認められる。すなわち、訴外加藤石油株式会社は被告日亜交易株式会社との間に従来から石油類の継続的販売取引関係があつたが、その取引金高の枠を拡げるため増担保を必要としたので、訴外会社代表取締役加藤三郎は金融業者である訴外合資会社住友商会の吉池武男に金融の資金を提供するから物上担保を提供してくれるように依頼しておいた。一方昭和三十一年四月頃原告浜野金太郎は自己が所有する本件不動産を担保として訴外住友商会に対し融資の申入をしたところ、同月二十六日住友商会の吉池と原告との間に金六十五万円を住友商会から原告に貸与する合意が成立し、その際原告は自己の代理人として、右金員が訴外加藤石油株式会社から提供されるので本件不動産に対し右訴外会社のために抵当権を設定することを承諾し、右抵当権設定のために本件不動産の権利証、原告の印鑑証明及び白紙委任状を吉池に交付した。ところが右契約締結の際吉池は右消費貸借契約の書類作成に必要であるとして、原告から同人の印鑑を受け取り、加藤と被告間の石油類販売契約書及びこれに附随する根抵当権設定代物弁済予約賃貸借予約契約書の用紙に、右書類の内容を原告に知らせないで、連帯保証人、担保提供者欄下に捺印し、後に原告の氏名を代署した上、これら契約書と前記権利証、印鑑証明、白紙委任状を加藤に手交した。よつて加藤は、同年五月一日被告にこれら書類を示し、原告が加藤石油株式会社の被告に対する債務の連帯保証人となり、かつ、原告が所有する本件不動産上に根抵当権を設定する旨を承諾し、加藤に原告の代理を委任したと告げたので、被告は訴外加藤三郎を原告の代理人として、売主を被告、買主を加藤石油株式会社、連帯保証人兼担保提供者を原告とする石油類販売契約及び債権限度額金百七十万円の根抵当権設定契約を締結し、その登記をなしたことが認められる。

右事実によれば、原告は右石油類販売契約の連帯保証人となること及び被告との間に根抵当権設定契約を締結しかつ根抵当権設定登記をなすことについては少しも関知せず、従つて右契約締結についての代理権を何人にも与えたことはないから、加藤三郎の右代理行為は権限なくしてなされたものというべきである。

そこで被告の表見代理の主張について判断するのに、原告は、本件不動産上に加藤石油株式会社のために抵当権設定登記をなす代理権を吉池に委任したのであるのに、加藤三郎は右委任状を冒用して原告の代理人として被告との間に前記のような契約を締結し、かつ根抵当権設定登記をなしたものであるから、右加藤三郎の原告代理行為は、原告が白紙委任状を交付するに際し吉池に附与した代理権の範囲を超えたものといわなければならない。本来民法第百十条に規定する代理人が代理権の範囲外の行為をした場合とは、本人から代理権を授与された代理人の場合で、本件のように原告が代理人と称する加藤三郎に代理権を与えたことはないが、民法第百九条の規定により代理権を与えた旨を第三者に表示した本人としての責任がある場合に、その代理人の行為が代理権限外の行為である場合にも適用されるものと見るのが相当である。

とすれば、被告が加藤三郎の前記代理行為が正当な代理権に基くものと信じ、かつ信じるのに正当な理由があつたかどうかが問題となる。

原告主張のように被告が加藤石油株式会社との間の継続的石油販売契約を結ぶに際し、右訴外会社の代表者加藤三郎が原告の代理人として同会社の代金債務の担保に原告所有の本件不動産上に根抵当権を設定するというような場合には、原告が第三者であるだけにその及ぼす利害関係の重大性に鑑み、被告としては、果して原告が加藤に対しそのような代理権を与えたかどうかにつき十分慎重に注意する義務のあることは当然である。その最も確実な方法は、原告に直接代理権を与えたかどうかを問い合せることであろうが、前認定のとおり、本件においては、被告は加藤三郎から原告の本件不動産権利証、白紙委任状及び印鑑証明書の外、被告と加藤石油株式会社間の石油類販売契約書の連帯保証人欄及びこれに附随する根抵当権設定代物弁済予約賃貸借予約契約書の担保提供者欄に原告の署名捺印したものを提示されたのであるから、被告がこれらの書類から原告が加藤に前記行為の代理権を授与したことは確実であると判断するのは当然であり、これ以上更に被告に、原告に直接当つて調査することを求めるのは必要以上の注意義務を求めるものというべきである。

なお、証拠によれば、昭和三十一年四月頃被告が加藤石油株式会社と前記根抵当権契約を結ぶ以前に、被告会社の取締役である国本と社員の河野が、加藤と吉池の案内で本件不動産の調査に行つた際、吉池は居合わせた原告の妻浜野シマに対し、原告に融資するため住友商会の者が調査に来たのだと納得させ、予め同人の口を封じておいたので、浜野シマは国本、河野等が家の中を調査することにつき何らの疑義を懐かなかつたこと、従つて、被告会社の国本、河野は原告が前記根抵当権設定につき異議がないものとして疑わなかつた事実が認められる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例